2008-04-24

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hohbukuro.infoの方で書いた自己宣伝術というやつ,前職で1年目のときに営業の課長から教わった「3分スピーチ術」がとても役に立っている。

自分の経験した出来事
 →そこからわかったこと
  →教訓

の順序で話しなさい,というものだった。そのとき実際に話したのはこんな内容...


海外旅行のトランジットで韓国に到着したときのことです。金浦空港でトイレに行きたくなりました。個室で頑張っていると隣から"キムチの臭い"がしてきて,「え?そんなものまでキムチの臭いになっちゃうの?」と思いました。それからソウル市内に宿泊し,たっぷりのキムチやサムゲタンを食べたりしました。そして翌朝のこと,ホテルのトイレで頑張っているとあの"キムチの臭い"がしてきたのです。

この経験から,人間は入るものが変わると出るものまで変わることがよくわかりました。

旅行では現地の人が食べるものを食べ,現地の人が出すものを出すことが大切なのだと思うようになりました。

2008-04-23

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1日勃ちつくすとクタクタ。30代の学校メイト2人と電車に乗る。何が大変って通学の電車だねとか話しながら。

家に帰るとフェンダーから荷物が届き,こんなことになりました。

114:2008-04-23:dakotared

クタクタすぎて料理しないぞ,包丁も出さないぞなどと思っていても,けっきょく包丁を握って夕食をつくりました。私の股間のペティナイフも「たまには握ってくれ」と申しております。

2008-04-16

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毎度自分をごまかそうとするけどもうごまかせない,肚を決めた,どうやら左の腎臓に石がありそうだ。皆勤賞をめざす今,救急車が要らないくらいには収まって欲しいと願っている。石に願いを。


学校ではこれまでにないほど射幸精を発揮し,もとい社交性を発揮して,いろいろな人に話しかけている。年齢と坊主頭と嘘とビデオテープは効果的な装備だ。なんか精神が耕陽,もとい前田高揚,もとい高揚した状態が続いていて,クゼのハブ電脳のような気分でいる。


学校後のポルトガル語はなかなか変態。もとい大変。

2008-04-15

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「胡散臭く見えるメガネ」を新調しようと,帰りにマークシティのzoff。

仕上がりまでの待ち時間に渋谷市場で魚を調達。魚屋のおじさんに飲食店の買い出しと間違われながらホウボウを。坊主頭の意外な効果です。

106:2008-04-15:supper

ホウボウさんはこうしてアクアパッツァになったわけですが,同おじさんに勧められるまま買ったイカは,塩辛にしようと思っていたけれど力つきて冷蔵庫の中。明日になったら塩辛はちょっと無理かな...

2008-04-14

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アッチもコッチもソッチもご無沙汰なので,せめてコッチは書きます。

今日から授業が始まったんですが,フランス料理はフランス語,イタリア料理はイタリア語で材料や調理法を扱うんですね。盗んだバイクで走りもしない18の私は,34にもなってポルトガル・フランス・イタリアとラテン3カ国語を学ぶなどとは思っておりませんでした。第二外国語をフランス語にしておけばよかったですよ。

当時のいわゆる"理系"な学問を学ぶ人には,まだ「理系なら独語だろ」のような考えがあったように思います。それでなんとなく独語を選んだ次第。また,どうもこう若い頃はブリテンの伝統やゲルマンの合理性みたいなものに惹かれがちなのか,最初の海外もロンドンと旧東ドイツを主に巡りまして,恩師に連れられ行ったパリは添え物というか,恩師がいなければ行かなかっただろうなというところ。

しかしそれがどうですか,歳を重ねるごとにルーマニアとポルトガル大好きっ子になって,しまいには仕事やめてフランス・イタリア料理を学んでる始末。思い返してみれば,本当は惹かれているのに無意識の内にラテンを避けていたような,そんな気さえします。まあ,とはいえ,こういう遠回りが結果としては良かったんだろうと思っていますが。

さて,なんかよくわかんなくなってきましたが,何が言いたいかと言いますと,ポリネシアンセックスはポリネシアの言葉で「もうこんなになってるよ」とか話す性行為なのだと,それがわかったてことです。


※学校での話などはhohbukuro.infoの方に書いています。トップページ左の「あわせて読みたくない」からもどうぞ。

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